子供だった自分には理解できなかった

お母さんは今も昔もずっとお母さん

弟は今も昔もずっと弟

近所のお兄さんは今も昔もずっと近所のお兄さん

保育士の先生は今も昔もずっと保育士の先生

 

自分はずっと子供のまま

そんなものだと思ってた

 

自分は子供のままじゃいられないいつかは大人になってしまう。

そんな当たり前のことを自覚するのはもっと先のことだった。

 

ある日おばあちゃんという人物に合うことになった。

父方の母で小さい自分にはどういうことなのか全く理解ができなかったが

きっとおばあちゃんも今も昔もずっとおばあちゃんなのだろう。

 

小学校にも通ってない歳のある日おばあちゃんが他界した。

おばあちゃんという人が自分からいなくなってしまった

あの頃のことはよく覚えてはいないけど

火葬場から帰るときの匂いは今も記憶に残っている。

 

おばあちゃんはおばあちゃんのままではなかった。

 

小学校の入学

弟と別の場所に通う事に以前とは違うということを意識し始めた。

以前と違うということが生きているうちにどんどん増えていった。

中学生になってみんなと同じ制服を着るようになって新しい変化が訪れた。

白いパンツ(ブリーフ)をはいている人が減ってきて

海水パンツ(トランクス)をはいている人がちらほら見えてきた。

 

もしかしたら小学校時代の時にも履いているクラスメイトがいたのかもしれないが、服が統一したことによってそんな些細な変化に気付いたのだろう。

いつしか自分もトランクスを履き始めた。

木の椅子に座って太ももに布が付く違和感は記憶に残っている

 

ブリーフを履いていた自分はブリーフを履いたじぶんのままではいられなかった。

 

成長っていうのは目に見えないものだと思っていたけれど

目に見える成長ってきちんとあったんだな。

 

ひげが生えるようになって髪の毛にワックスを付けるようになって

朝が前よりも少しだけ忙しくなった。

今でもひげの剃り方には苦労をしている。

たまに血が出て出てしまうし剃り終えた後もヒリヒリする。

ワックスの付け方もあっているのかわかってない。

周りの人が見たら頓珍漢な髪形になってるのかもしれない。

自分は自分なりに成長したつもりでもやっぱり未熟なままなのかもしれない。

 

それでも子供だった自分は子供だった自分のままではいられなかった。

 

 

大人と言われる年になって数年経って改めて知った。

ところてんのように押されて自覚のないままに大人になってしまったが

次はどんな自分になるのだろうか。